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退院、そして覚悟

昨日朝、自宅にいる母を置き去りにして、
継父が入院している病院へ、退院するために行く。


約3週間ぶりに見る継父。
かなり痩せていて、声をかけてもウトウトしている。


長居は無用なので、大急ぎで荷物も袋に詰め、
会計も済ませスタンバイ。
途中、看護師さんから書類・薬の確認をする。


しばらくすると、手配していた介護タクシーの方がみえ、
リクライニング式車椅子に継父を移動させるのですが、
まあ、まあ、大変。


今にも折れそうな継父の身体。
バスタオルを背中に引くだけで激痛が走るのか、
大声で叫び、何をするんだと言わんばかりに、
天井に向け、猫パンチを数発入れていた。


無事老健に到着し、
継父はそのまま居室へ。
そして老健の主治医と皮膚科の先生の受診を受ける。


その間、わたしは再入所の手続きと、
ケアプランを再度作成するとのことで、
相談員さんと今後の話をする。


その中で、一番気になっていたこと。
褥瘡の状態。そして、誤嚥性肺炎のこと。


病院では褥瘡の状態を確認することができなかった。
話では聞いていたが、ちゃんと見ておきたかった。
相談員さんにお願いし、写真を見せてもらった。


これは、かなりやばい・・・。


素人目でも、完治は難しいレベル。
更に広範囲で深さもあり、感染症も疑われる。


ケアプラン・・・。
プランなんか・・・ないでしょ。
残りの時間を苦痛なく過ごせるのみ・・・でしょ。



そんなこと率直に言えば引くだろうなって思い、
心にもない、
「口からの摂取が理想です。
が、無理強いはせず、本人が一番楽な状態で、
過ごせるように」





そんな話を相談員さんとしていると、
主治医の先生が診察をし戻ってこられた。
そこで、今の継父の状態、そして今後のことを聞く。



まあ、想定内の話ばかり。
2年前に亡くなった義父で経験している話がツラツラと
私の耳に入る。


覚悟が必要ってことね・・・。


主治医の話を聞き終え、家族・そして本人の希望を伝える。
「何もしない」
それが本人の希望だから。そして家族の要望でもある。


私の話を静かに聞いていた主治医は大きくうなずきながら、
最後に、「わかりました」と一言だけ。



主治医が退席後、また相談員さんと2人きりになる。
すると、相談員さんが、
「お詳しいそうですが、お仕事は関係者ですか?」
義父のときも色んな所で言われたな、懐かしい。



ーーーーーーーー




今の継父の状態は不安定。
微熱もある。
口から摂取すれば、また誤嚥性肺炎を起こすでしょう。
なのでしばらく絶食らしいけど・・・。



そして来週水曜日に褥瘡の傷で退院した病院へ行くことになっている。
もしかしてこのまま微熱が続き、炎症反応も高ければ、
また、再入院もありうるだろう。



ちなみに水曜日は母が在宅で、
訪問看護と、訪問リハビリが入る曜日。
ですが、キャンセルするしかなく、また、母は置き去りだ。



妹2人にも、今の継父の状況を説明する。
驚いてはいたが、2人も納得。
旦那の3兄弟とは違い、すんなり話がまとまることは、
ほんとありがたいと思う。



コロナのこともあり、家族ができる範囲は限られる中、
出来る限り、最期の時まで、しっかり継父を見届けようと思う。
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プロフィール

♪菜の花♪

Author:♪菜の花♪
主人、息子の3人家族。
平成20年12月、実母が急性心筋梗塞で心肺停止。
後遺症で高次脳機能障害に。
平成21年1月、実家に家族3人で引っ越す。
平成21年春頃、継父の認知症が分かる。
平成21年9月、実母退院し、両親のダブル介護生活スタート。
平成22年10月、継父GHに入所。
令和元年12月、大腿骨骨折。GH退所。
令和2年1月、老健入所。
ただ今、実母を自宅で介護中。
(現在継父→要介護3、母→要介護3)

平成28年7月、義父が心室細動により意識障害に。
平成28年12月施設入所。(要介護5)
平成30年4月義父他界。

義母(全盲)
平成29年2月施設入所。(要支援1)

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