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さきほど継父の病院から帰宅しました。

土曜日の病院は静かで、母が入院当時のことを思い出す。



今日も1時間ほどの滞在。

痛みは少しあるようですが、顔色もよく、食欲もある。

今日は気になっていた耳をチェック。



耳元で喋らないと聞こえない。

ですが、息子や義母がそうであるように、難聴特有の感じがしません。

違和感があるのです。

で、ひらめきました。

そう、耳垢。


(ここから汚い話になりますm(_ _)m)


自宅からメンボーを1箱持参し、あとはお湯と洗面器。

継父には耳をきれいにすること、動かないこと、

痛かったら止める事を伝える。



いざ・・・・・・、


ぐぐぐ・・・・(-_-;)



げえええーーーー!!(-_-;)



もう、あとはため息しか出ません。

施設ばかり責めるのはどうかとも思いますが、

何をしていたのか。

どれだけずさんな管理だったのか。

施設長さん、よくもまあ、あれだけの立派なことが言えたものです。

これじゃね、今まで何もなかったことがラッキーだったと、

そう思わなければいけないレベル。



あとは蒸しタオルで顔と手を拭く。

気持ちよさそうな感じで大きく深呼吸をする。


そういえば、母にも同じことをしていたな。
なにか感じてほしくて、反応が欲しくて。



そんなことをフッと思い出しました。




ーーーーーーー


今日母はデイサービス。そろそろ帰ってきます。

昨日継父の病院へ行ったことは次の日になっても覚えていました。


「お母さんが来るのを待ってるから。
また行こうか」



と言うと、


「待っていてくれるの~♪
なら行かなきゃね!!」



って嬉しそう。

誰かに自分が必要とされていること。

大事だなって、つくづく、母の顔を見たときに思いました。



ーーーーーー


息子は今日から1泊でゼミの先輩が研究発表するということで、

ゼミの先生と他の先輩方と同行。それも大阪!!


「いいな~、いいな~、いいな~」


を連呼する私を横目に、


「遊びで行くわけじゃないんだから!!
先輩の発表もあるけど、夜は他大学との懇親会。」



一丁前のことを言うようになりました(笑)
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今は時間が必要

今日も継父のところへ洗濯物を行ってきた。

寝ていると思ったらしっかり起きていた。

わたし「こんにちは」

と言うと、

継父「おっかあは?」

『おっかあ』というのは、継父にとったら妻です。

そう、私の母のこと。

連れてきてくれるのかと思っていたようで、待っていたようです。

わたし「ごめん、今日は手術直後だから遠慮した」

と言っておいた。ほんとうは、デイサービス。

継父「そうか・・・、でも大丈夫だぞ」

と、いまいち聞き取りにくい声で残念そうに答えていた。

明日、母は自宅待機なので、調子が良ければ連れて行こうと思う。




昨夜の継父の様子はよく寝れたようです。

でも今は痛みはあるようで、身体もツライと。

色んな意味で事態ののみ込みが弱く、

母が倒れたときも事態の把握がつかめず、

一人パニックになっていた。

そんな特性を持つ継父、今の自分の事態もいまいちのみ込めていない。

そりゃそうでしょう、転倒したわけじゃないのに骨折ですからね。

基本ゆっくりペースの継父。

今日の様子を見て、ゆっくり行こうと思った。

なので本人にも、


「時間かけて、ゆっくり、ゆっくり、戻していこう。
痛みも時間をかければ消えていくし、
だいじょうぶ、心配ないよ」



というと、継父は大きくうなずき、泣いていた。




この事をふまえ、母のケアマネに色々と相談してみた。

そこでもアドバイスをいただき、すこし、先が見えてきたように思う。

最後にケアマネさんに、

「在宅は無理だし、ゆっくり決めていけばいいよ」

と言われたので、

「最悪、どこも入るところがなかったら、
自宅でダブル介護しようと思っています。
だって、しょうがないでしょ、入れないんだもん。
自分の覚悟ができれば、なにも怖くない!!
介護サービスをバンバンに使い倒して、自費も出して、
自分が倒れないようにするだけです。
そしてリハビリで、在宅仕様の人間にしてもらいます、
11年前の母のように!!」



もう、GHの施設長も、

その施設長とうらでつながっているであろうケースワーカー、


どっちも怖くないぞ!!


義父のときも、そうやって、腹をくくって動いていました。

そして、周りにも、最悪の場合、私が自宅で看ると言っていました。

好きで在宅介護なんかしたくないので、血眼で探しましたよ。

今回も同様に!!



最後の受け皿(自宅で在宅介護)はある!!

意地でもさがしてやる!!継父にあう施設を!!

無事終わりました

予定通り、1時間半ほどの手術が終わりました。

すぐに主治医からの説明があり、一緒に居た妹と絶句。


「両足の股関節が拘縮が進んでおり、

今後、歩けるようになるのは厳しい。

歩けても転倒リスクが高いため、車椅子の生活のほうが

安全に生活できるでしょう」




股関節の拘縮??

お母さんよりひどいじゃん!!




妹も同じ意見ですが、『必ず歩いて退院』は望みません。

ただ、本人が穏やかに生活できることが一番だと。

今回、継父にとっては初めての入院・さらに手術。

不安しか無いわけです。



今回の骨折は転倒したのが原因ではありません。

ってことは、今後、何もして無くても骨折はあり得るのです。


主治医の手術の説明後、ケースワーカーさんともお話ができました。

もちろん、ワーカーさんは退院後は元の施設に戻るものだと、

前提で話が進む中、ポロッと出た話が、


「施設長さんとも今日お話をしていまして、
受け入れしてくださる話だったので・・・」



と言うじゃないですか!!


はあ~~?!


なんでまだ家族とワーカーさんと面談していない中で、

それもまだ手術が終わっていない段階なのに、

何こそこそと、

コンタクトとってるの??



ちなみにこの電話をしている時、妹が施設に伺っていたときでした。

ずっと施設長が電話をしていたので、スタッフの方に今回迷惑をかけたので、

菓子折りを渡そうとしたところで電話がおわり、

何もなかったかのように、妹と施設長は話し、

先ほどの電話主の話もなくスルー。(この時点で妹は電話の相手は知りません)

普通、言うでしょ、ワーカーさんと話していたことを。



もう、不信感しかありません。

ワーカーさんも施設長と裏でつながっている感じ。



さて、どうするか。

義父のときも絶体絶命だった。

けど、諦めずに探し当てた施設がとても良かったのです。

憎き人、義父でも諦めずに繋いできたんです。

他人の親なのに、諦めずに頑張ったんだから、

自分の親は、やっぱり最後まで諦めたくない。



明日も継父のことで動きます。

絶対、掴んで見せる!!



ーーーーーー



今日も午前中は母の訪問看護と、訪問リハビリが入りました。

午後からは継父の手術のため、母は置き去りです。

ワーカーさんとも話していたので3時間放置です。

何をやっているのでしょうね・・・わたし。

何も問題は起こらなかったから良かったけど、

毎回、母を放置するわけにはいきません。

継父、緊急入院②

継父の施設に行くと入り口が施錠してあり入れず。

どうしようかと思っていると室内のカーテンが少し開き、

スタッフの姿が見えた。


不審者だと思ったのかも(笑)


挨拶もそこそこに済ませ、

顔を引きずらせながらのスタッフに案内されながら、

施設長がいる事務所に通された。



久しぶりに会う施設長、お互い歳を取りました(笑)

挨拶もそこそこに、先ほど聞いた主治医の話を一通り話す。

その後、痛めた当時の様子なんかも担当スタッフの立ち会いのもと、

説明してもらった。



その説明によると、


12月1日の夕食後、継父が立ち上がる瞬間に、
「いたたたた」と発したらしい。

で、どこが痛いかとスタッフが聞いたら、
「ここ」と言いながら股関節を触っていた。

何をすることもなく、ただ立ち上がろうとしていただけで、
痛みがはしることに疑問を持ちながらも、普段どおりの、
「手引歩行」で居室に戻る。

とりあえず、往診の医師には連絡し、
明日受診を勧められたとのこと。

次の日も痛みが強く、様子を見ながら、
「手引歩行」で車に乗り込み、病院へ向かう。


検査結果を聞き、転倒すらしていないのに骨折するとは思わず、
こんなことになっているとは考えもせず・・・。




この話を聞きながら、わたしの心のなかでは、


は??
手引歩行?
まずないでしょ!!



ふつうさ、車椅子じゃないの?

車椅子がないならさ、

車椅子を使っている人を動かしたあとに、

その車椅子を借りて、

移動させればいいんじゃないの?



もう事が済んだあとなので、

「あの時こうすれば・・・」とか言いたくないですが、

もう少し、利用者の声を聞いていたら、

ここまで症状はひどくはならなかったのではないかと思うのです。



私も母を介護していて、痛みに関しては個人差があります。

が、本人が痛がっている以上、痛みの原因は考えますし、

状況によっては、救急車も視野に入れます。



施設長は、

「転倒してないから、骨折とは思わなかった。
こんなケースは初めてだ!!
転倒はしていない、これは断言できる!!」



それまで預かってもらっている弱みがあるから、

何も言わず、うなずくだけでいましたが、

さすがに「転倒はしていない」を強調するので、


「転倒すれば、今の親の状態なら、手などでかばうことなく、
そのまま倒れるでしょう。
そうなれば、他に傷や打撲痕があるでしょうね。
それがないところを見ると、転倒ではないことはわかります」




そういうと、施設側の誤解は解けたと勘違いしたのか、

そこからは流暢な話とかわり、日頃の継父の話と移る。



ちがうんだよ、私が言いたいのは、

本人が痛いと言ってからの施設の対応方法なのさ。





これから午後主治医の手術の説明があります。

30分程の予定。少し継父の所にも寄ってこようと思っています。

ちなみに今日、ショートから母が帰宅します。

旦那がこんな風になっているとも知らず、帰ってきますよ。


継父、緊急入院①

ふう~、次から次へと・・・。

今回は記録用に書いていきます。

なので長くなります。



ーーーーーーーー



12月1日。やっぱりこの日でした。

あの日、12月1日の夕方、何事もなく無事に1日が過ぎ用としている中、

わたしがブログを更新している時に、GHにいる継父に異変が・・・。



最初の連絡は妹(三女)からLINEで、

「お父さんが股関節を痛がっているらしく、
明日朝一番に病院を受診するみたい」



ここで、ピーーーンときました。


股関節じゃなくて、大腿骨でしょ!!
だとすると、入院で手術でしょ!!



その旨を妹に話し、診断はされていないけど、

たぶん入院・手術の動きになるであろう明日の流れを確認。

継父のキーパーは妹になっていますが仕事をしているので、

妹にかわり、動ける私が対応する形にした。



で、昨日、

ビンゴ!!です。的中!!

さっそく病院に動きます。

正直、病院・入院は慣れています。

すぐにナースステーションに寄り、家族が来たことを伝え病室へ。



何年ぶりでしょうね、継父に会うの(苦笑)8年ぶりぐらいかな。

いたって普通に仕切られているカーテンを開けると、

やせ細った継父が食事を完食したところでした。

ボロボロと食べこぼした残骸が首に巻かれたタオルに張り付き、

継父はキョトンとした顔で私を見ていました。


わたし「久しぶり、○○だけど、覚えてる?」


継父「おお、覚えてるぞ、○○だ!!」


と、満面の笑みを出したと思ったら、大号泣!!

前なら私の顔を見るなり激高し、

頭から湯気をだし、顔を真赤にしていた継父が、


大号泣!!


ちょっと面食らったわたし。

泣いている継父に、入院中は私が動いていくことを伝えていると、

看護師さんが例の入院書類を大量に持ってきて、ここからは書類書き。

しばらくすると主治医からの説明があるということで向かう。



主治医の話では、左大腿骨頚部骨折

かなりの骨折具合だとのこと。

現時点で、「ボルト」か「人工関節」の2パターン。

主治医としては、


「年齢的と骨の具合、状態から診て、
「人工関節」が妥当だと。
これからの詳しい検査をしてみて、明日決定する。
手術は今週水曜日に実施します」



素人目にも、レントゲンで見た継父の骨はとんでもなくズレていて、

医者も驚くほど。


こんなにズレているのに・・・、
痛みも相当だっただろうに・・・、
施設は、どう対したのか?

今日の午前中は大雨だった。
どうやって施設から連れ出し、どうやって病院まで運んだのか?




もう、施設には不信感しかありません。



そんな気持ちを抱えながら、事後報告も兼ねて、当時の様子を聞くために、

そして施設側としては迷惑をかけられたとおもっているであろう施設に、

キーパーの妹を差し置いて、長女の私が9年ぶりに行く。



(長くなるので次へ)
プロフィール

♪菜の花♪

Author:♪菜の花♪
主人、息子の3人家族。
平成20年12月、実母が急性心筋梗塞で心肺停止。
後遺症で高次脳機能障害に。
平成21年1月、実家に家族3人で引っ越す。
平成21年春頃、継父の認知症が分かる。
平成21年9月、実母退院し、両親のダブル介護生活スタート。
平成22年10月に継父GHに入所。
ただ今、実母を自宅で介護中。
(現在継父→要介護2、母→要介護3)

平成28年7月、義父が心室細動により意識障害に。
平成28年12月施設入所。(要介護5)
平成30年4月義父他界。

義母(全盲)
平成29年2月施設入所。(要支援1)

現在、実母の在宅介護。

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